藤田観光株式会社

環境への取り組み

文化財・歴史的建造物の保全

藤田観光グループは創業時より、貴重な文化財や歴史的建造物を多数有しています。日本の財産であるこれらの文化財、建造物を保全し、未来に引き継いでいくことも大切であると考え、CSR活動の一環として取り組んでいます。

ホテル椿山荘東京

ホテル椿山荘東京:国登録有形文化財「三重塔」写真:国登録有形文化財「三重塔」

1878年(明治11年)に、山縣有朋公によって「椿山荘」と名づけられて以来、激動の130余年を経た庭園は、現在も溢れるばかりの緑と格調高い造形美で、訪れる人々に深い感銘を与えています。庭園内には、室町時代に建てられたと言われる三重塔や茶室「残月」などの国登録有形文化財をはじめ、般若寺式石燈籠、伊藤若冲の下絵による羅漢石など、歴史的建造物史跡が点在しています。

特に庭園のシンボルである三重塔は、山縣有朋公爵より庭園を譲り受けた藤田組2代目当主・藤田平太郎男爵が、1925(大正14)年、広島県竹林寺より移築したもので、現在は国登録有形文化財に指定されています。当社はこうした貴重な文化を未来に引き継いでいくことを目的に、2009年より3年をかけ、庭園に点在する文化財の補修工事を行いました。

中でも2010年9月から約1年間をかけて行った三重塔の大改修では、傷みが激しかった部材の組み直しや耐震補強を行い、調査の結果室町時代前期の部材が使用されていることが判明しています。新たに生まれ変わった三重塔は、圓通閣(えんつうかく)と命名。ご本尊に「聖観世音菩薩」を奉安しました。

ホテル椿山荘東京:国登録有形文化財「残月」/伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の下絵による羅漢石写真:左)国登録有形文化財「残月」/右)伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の下絵による羅漢石

ホテル椿山荘東京

太閤園

太閤園:淀川邸玄関写真:淀川邸玄関

太閤園の歴史は、当社のルーツである「藤田家」の創立者で、明治時代に関西財閥の雄であった藤田伝三郎翁が淀川畔に築造した「網島御殿」にまで遡ります。本邸、西邸、東邸と豪壮を誇った邸宅の大半は1945(昭和20)年の戦災によって焼失しましたが、昭和34(1959)年より「太閤園」として生まれ変わり、豪壮を極めた邸宅と風雅な庭園は迎賓の場へと進化。以来、各界の要人や文化人に愛され続け、日本の魅力を発信する国際的な社交場としても知られるようになりました。

唯一戦火を逃れた東邸は、四季折々に美しい表情をたたえる庭園と由緒ある佇まいを有する料亭「淀川邸」として活用されています。一枚彫りの欄間など希少なしつらえや男爵の美意識で選び抜かれた芸術性豊かな調度品を、かつての面影をそのままに楽しんでいただけるよう保全を行ってまいりました。

また、「心」という字に池を配した築山式回遊庭園内には、小豆島や生駒山から運ばれた自然の庭石、各地から集められた由諸ある燈籠や石仏、塔などが置かれています。中でも池にかけられた小豆島産一枚岩の石橋は、桃山から江戸時代にかけられたもので、西日本一の大きさのものといわれています。四季折々に美しい表情をたたえる庭園と伝統と格式を宿す太閤園は時を超え本物ならではの美を今に伝えます。

太閤園:庭園/迎賓館と割烹瓢箪写真:左)庭園/右)迎賓館と割烹瓢箪

太閤園

箱根小涌園

箱根小涌園:国登録有形文化財「貴賓館」写真:国登録有形文化財「貴賓館」

藤田観光の創業の地でもある「箱根小涌園」には、2棟の国登録有形文化財があります。 その一つ、1918(大正7)年に建築された藤田平太郎男爵の別邸は、1948(昭和23)年に9室の旅館「箱根小涌園」として営業を開始し、その後当社はこの地を一大リゾート地として開発してまいりました。

現在「蕎麦 貴賓館」として営業を行っている当建築は、今井平七が設計し、床下には箱根特有の湿気が流入しないような工夫が施されていて、京都の宮大工の知恵と技術が作り上げた自然の脅威をものともしない堅牢な数寄屋造りの木造建築となっています。廊下の床板には、松の長い一枚板を使用。室内の装飾は当時の最高技術を施してあり、庭園とともに現在も当時の面影をそのまま残しています。また、館内の蔵を改造した小さな美術館には山本岳人や東郷青児など日本画を代表する巨匠の作品を常時16点ほど展示しています。

また、もう一つの国登録有形文化財である「迎賓館」は、1875年、宮大工により建築された庄屋屋敷です。鉄板瓦の建物で松や栗などの建材を使用した重厚な造りで、当時の梁や柱を残した趣のある空間でお食事を楽しんでいただこうと、2016年5月より「鉄板焼 迎賓館」として営業を開始しました。ともに文化財として保存するだけではなくレストランとして活用することで、明治・大正期の雰囲気をそのままにお客様に楽しんでいただいております。

箱根小涌園:国登録有形文化財「貴賓館」 店内/国登録有形文化財「迎賓館」写真:左)国登録有形文化財「貴賓館」 店内/右)国登録有形文化財「迎賓館」

箱根小涌園

藤田美術館への支援活動

藤田美術館への支援活動:国宝「曜変天目茶碗」(撮影:三好和義)写真:国宝「曜変天目茶碗」(撮影:三好和義)

藤田美術館は、「藤田家」の創立者藤田傳三郎と、長男平太郎、次男徳次郎が、明治初年から大正にかけて収集した東洋古美術品を中心としたコレクションを公開する目的で、1951(昭和26)年3月に設立、1954(昭和29)年5月に開館いたしました。1945(昭和20)年の空襲による焼失を幸いにも免れた本邸の蔵を、展示室として利用しています。

全12巻の長大な絵巻「玄奘三蔵絵」をはじめとする国宝9点、鎌倉時代を代表する仏師 快慶による地蔵菩薩「木造地蔵菩薩立像」などの重要文化財52点を含む絵画、書跡、陶磁器、彫刻、漆工、金工、染織、考古資料など約2,000件が収蔵されています。

山口萩で生まれた藤田傳三郎(号・香雪)は、早くより大阪に出て「藤田組」(当社のルーツ)を組織し、実業家として明治の経済界で活躍しました。没後、嫡子平太郎がその跡を継ぎ、鉱山・干拓・林業等の開発経営に尽力し、大阪工業会初代会長、更に貴族院議員としても活躍をしました。古美術や茶道への造詣が深かった父子は、当時世相の変化に伴い古美術に対する社会の理解や関心が薄く、多くの美術品や寺社の宝物が放置されたり国外に流出したりしている状況を憂い、古美術品の収集に尽力したのです。
当社はルーツの繋がりから文化財の保存を目的として、公益財団法人藤田美術館への寄付とPR等の支援を行っています。

※長期休館のお知らせ:藤田美術館は、文化・芸術の振興に貢献する新しい美術館を目指し、2017年6月より休館しリニューアル工事を行い、2020年に新しい美術館として生まれ変わります。

藤田美術館への支援活動:国宝「曜変天目茶碗」(撮影:三好和義)写真:左)国宝「玄奘三蔵絵」/右)重文 快慶作「木造地蔵菩薩立像」

藤田美術館:国宝「玄奘三蔵絵」/重文 快慶作「木造地蔵菩薩立像」