藤田観光株式会社

文化財・歴史的建造物

藤田観光が運営する一部の施設では、貴重な文化財や歴史的建造物をご覧いただけます。当社だけでなく「日本の財産」と言える、これらの文化財・建造物をご紹介します。

ホテル椿山荘東京

写真:三重塔 <国登録有形文化財>
三重塔 <国登録有形文化財>

国登録有形文化財の三重塔や伊藤若沖の下絵による羅漢石が庭園に点在

1878(明治11)年山県有朋公によって「椿山荘」と名づけられて以来、激動の130余年を経た日本庭園は、現在も溢れるばかりの緑と格調高い造形美で、訪れる人々に深い感銘を与えてくれます。

庭園内には、室町時代に建てられたと言われる三重塔や藤田男爵の別荘だった「残月」などの国登録有形文化財をはじめ、般若寺式石灯籠、伊藤若沖(いとうじゃくちゅう)の下絵による羅漢石など、歴史的建造物史跡が点在しています。

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箱根小涌園

写真:蕎麦 貴賓館(旧箱根茶寮 椿山荘)<国登録有形文化財>
国登録有形文化財「貴賓館」

国登録有形文化財「貴賓館」内には山本丘人や東郷青児の日本画が展示

日帰り温浴施設「森の湯」の近くには、和風建築「貴賓館」と「迎賓館」の二つの国登録有形文化財がございます。1918(大正7)年に藤田平太郎男爵の別館として建てられた貴賓館では、こだわりの蕎麦をはじめとする季節の料理をお楽しみいただけます。さらに、その周辺には、箱根小涌園の守護神である山王神社と箱根七福神のひとつ「福禄寿」があり、例年、お正月には、参拝に訪れるお客さまで賑わいます。

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太閤園

写真:淀川邸
淀川邸

藤田伝三郎翁が築いた約7000坪の大邸宅

太閤園の歴史は、明治時代、関西財閥の雄であった藤田伝三郎翁が淀川畔に築造した「網島御殿」にまで遡ります。本邸、西邸、東邸と豪壮を誇った邸宅のほとんどは1945(昭和20)年の戦災によって失われていました。唯一残された東邸『淀川邸』をレストランとして使用。今もなお、深いやすらぎをもたらす都会の中のガーデンレストランとして、お客さまをお迎えしております。

約7,000坪の広大な敷地に築かれた築山式回遊庭園では、小豆島や生駒山などから集めた自然の奇石、珍石を庭石として使用。また、由緒ある灯籠、石仏塔なども日本全国から集めています。

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藤田美術館

写真:コレクション

藤田家で収集した貴重な美術品が展示

藤田美術館は、明治初年から大正年間にかけて、旧男爵・藤田伝三郎・平太郎・徳次郎の二代三人によって収集された東洋古美術品を中心としたコレクションを公開する目的で、1951(昭和26)年3月に設立、1954(昭和29)年5月に開館しました。

伝三郎(号・香雪)は、山口萩の出身で、早くより大阪に出て、藤田組を組織し、実業家として明治の経済界で活躍しました。没後、嫡子平太郎がその跡を継ぎ、鉱山・干拓・林業等の開発経営に尽力し、大阪工業会初代会長、更に貴族院議員としても活躍しました。父子ともに、古美術や茶道に対する造詣が深く、美術品の収集にも熱心でした。特に当時は、世相の変化に伴い、古美術に対する社会の理解や関心が薄く、多くの美術品や寺社の宝物が放置されたり、国外に流出していました。こうした状況を憂い、古美術品の収集に尽力したのです。

収蔵品は約5,000点を数え、その分野は、絵画・書跡・陶磁器・彫刻・漆工・金工・染織・考古資料など多岐にわたり、その時代も古代から明治にまたがっています。うち9件が国宝に、50件が重要文化財に指定されています。1945(昭和20)年の空襲により、藤田家本邸は焼失しましたが、美術品等を収めていた蔵は、幸いに焼失を免れ、現在展示室などとして利用しています。

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